今月のピースあいち◆来館者アンケートから

                                           
 

3月も終わりというのに寒い日が続いたり、一転ぽかぽか陽気・・・。平和公園の梅は満開、さくらもそろそろかな、と。3月から始まった名古屋空襲展にたくさんのお問い合わせをいただいたり、来館いただいています。来館者アンケートから見える戦後80年の想いをお伝えします。

開戦の臨時ニュースや玉音放送を聞いた。当時の人たちと全く同じものを聞くことは貴重。この音声をどのような気持ちで聞いたのか、深く想像した。展示全体として、戦争を様々な切り口から多角的に捉えている印象があり、とても学びがある。(28歳)

語り手 橋本さんの力強い声とお話、ありがとうございました。厳しい戦争体験をされたとは思えない柔和な表情です。平和へのいのりを一緒にねがって努めてまいりたいと思います。(66歳)

戦争体験者の少なくなっている今こそ、平和を次世代へどう継承していくかが大きな課題であるが、地道に活動展開されていることに感謝したい。(80歳)

戦後生まれの私は、父母より戦争中の話をしてもらいましたがなかなか実感できず、こうしてこの歳になり橋本さんの体験談をお聞きし、いかにつらい、悲しい事だったのか身につまされました。孫子にも話をしてあげています。

学校では日本は被害者との教育を受けたような気がしますが、橋本先生の体験の話から加害者の一面もあることを痛切に感じました。戦争は加害者にも被害者にもなることをしっかり伝えていく義務があると思ったところです。(76歳)

話題の発端は定かではありませんが、私の母が子どものころ、母の実家から見た大牟田大空襲での焼夷弾の明かりが、20数キロ離れているとは思えないくらい鮮やかできれいに見えたと話していたのを、今日ここにきて久しぶりに思い出しました。1944年~45年時の母の年齢は11歳か12歳でしたが、ついぞその時代の詳しい暮らしぶりを聞かぬまま今に至っています。農家生まれで二言目には手伝いがとにかく辛かったと言い、牛や馬の世話に明け暮れ、兄のハルビンからの帰りを青春の日課として祈り続けたであろう母のことを思うと後悔が尽きません。(60歳)

授業では分からないこと。被爆した方たちの話をきけて自分のためになりました。今の日本でも起こるかもしれないのだと考えたくはないけど、政治家たちならおかしくないと思ってしまいました。(14歳)

私の中ではまだ本当の平和はおとずれないと思うけど、とおい未来、来ると思っている。(12歳)

平和になればいろんな事ができる。平和になれなかったら地球がほろぶ、人類がめつ亡する。(12歳)

いままでこんなにいろいろな戦争がおこったことをしると、今が平和ですごくいいとあらためてかんじました。(12歳)

自分は平和になるために、自分でできることはやりたいです。(12歳)

このくらしがあたりまえだと思っていたことがあたりまえじゃないと、ここにきてわかりました。(12歳)

自分は、平和への想いを大切にし生きたい。平和のためにもみんなとけんかをせず楽しく生きたい。(12歳)

はじめは戦争をやるのはしかたない事だと思っていたけど、当時の写真や物を見て、もう二度とやってはいけない事なんだなと思いました。(11歳)