シリーズ 戦争を考えるための遺跡⑤
◆ 大正の名古屋で技術を伝えたドイツ人捕虜             金子 力                             



平和公園陸軍墓地にあるドイツ人兵士の墓 2011年撮影


  名古屋市平和公園陸軍墓地の一角にドイツ人兵士の墓があります。第一次世界大戦の捕虜の墓です。日露戦争の10年後、ヨーローパを中心に世界を巻き込む戦争が始まりました。日本は、東アジアからの勢力を一掃し、権益を拡大するために中国山東省、ドイツ領南洋諸島に出兵しました。青島のドイツ軍に対して日本は、入手したばかりの飛行機を使用します。名古屋からも歩兵第6連隊の一部が青島守備に派遣されたといいます。


大曽根駅南の陸軍墓地の右手に「俘虜収容所」の文字が見える
松岡明文堂大正6年発行『名古屋市全圖』


 青島攻囲戦がはじまると、ドイツ人捕虜を収容するために名古屋をはじめ11か所に収容所が設置されました。1914年11月、名古屋ではロシア人捕虜の時と同じ「東別院」などに収容しましたが、翌年9月には東区新出来町の陸軍用地に新しい収容所がつくられます。大正6年に発行された『名古屋全圖』(松岡明文堂)には、はっきりと「俘虜収容所」と表記されています。

 

ドイツ人俘虜収容所跡に建てられた日独友好の碑
(旭丘高等学校高門前)2011年撮影

 ところで、この場所は現在のどこにあたるのでしょうか。実は愛知県立旭丘高校が収容所の跡だったのです。校門のそばに2003年に建てられた「日独友好協会」の碑文には、「この地には1915年ドイツ人名古屋収容所がおかれここに第一次世界大戦の折に総勢519名の人々が1920年までの5年間生活した  ここには多くの蔵書を備えた図書館があり日刊新聞も発行され運動場にはフットボールテニス体操などの諸施設がありオーケストラも編成され開放的であった(後略)」(原文のまま)とあります。


 名古屋市市政資料館所蔵『名古屋俘虜収容所業務報告書』には、収容所の献立表や所外労働の様子、体重の変化など捕虜の日常生活を物語る貴重な文書が数多く収録されています。また、収容所内のクリスマス会などの行事や民間工場で働く様子を写した写真が60枚ほど残されています。こうした資料を発掘して調査してきたのは、「チンタオ・ドイツ兵俘虜研究会」でした。


 「超熟」と名付けられた食パンを我が家は愛用しています。「これが一番おいしい」と妻はいいます。この「超熟」をつくっているのが、名古屋のメーカー「シキシマパン」です。シキシマパンは、1919年に盛田善平(のちの「カブトビール」「敷島製粉」の創始者)によって設立されます。同社のホームページによると、1920年にドイツ人製パン技師ハインリヒ・フロインドリーブ氏を迎えて創業を開始したことが出ています。


「敷島屋製粉工場ニ於ケル装置機械ノ修繕」
『名古屋俘虜収容所業務報告書附録』名古屋市市政資料館蔵


 この人物こそ新出来町の名古屋収容所にいた捕虜の一人ハインリヒ・フロインドリーブでした。彼は半田の敷島製パン会社へ護衛付きで通勤をしています。戦後収容所から解放されたあとも日本に残り、シキシマパンで製パン技術の改善と増産のために働き、月収300円の待遇であったといいます。当時のサラリーマンの10倍ほどです。後に彼は、神戸で「ジャーマンホームベーカリーH.フロインドリーブ」を創設します。今も営業を続けているお店です。

 

 製パン技術以外にも捕虜の技術は名古屋の産業発展に寄与したといわれています。機械金属関係では、日本車両・岡本自転車・旭鍍金・斎藤鉄工が就労先でした。窯業関係では、佐治製陶所・千種製陶所・名古屋陶器・日本陶器・名古屋ルツボがあります。紡績関係では、豊田織機・服部ウィ―ビング・服部紡績などです。食品関係では、日清製粉・山本菓子店があり、それ以外の就労先は甲斐洗濯店がありました。ドイツ人捕虜の技術は高く評価され、1920年には愛知県商品陳列館で「捕虜展覧会」が催され、名古屋市民に大歓迎されました。


 名古屋陸軍墓地に眠る12人のドイツ人兵士は故国に帰ることができませんでした。一方で帰国せず戦後も日本に残る道を選んだドイツ人が名古屋収容所で20人以上いました。ドイツ人捕虜と名古屋市民の交流は、その後名古屋市長にプロシア赤十字勲章が贈られることにつながっていきます。前号のロシア・今回のドイツの捕虜の姿や名古屋市民の対応をみると、その後の捕虜の姿と大きく違っています。こんな時代があったことを、墓石は伝えてくれているのです。

 

◆詳しく知るために
・校條 善夫『「名古屋俘虜収容所」覚書』Ⅰ~Ⅴ『「青島戦ドイツ兵俘虜収容所」研究』1号(2003年)~8号(2008)
・『新修名古屋市史』6巻 2000年
・「チンタオ・ドイツ兵俘虜研究会」ホームページ