バイリンガルプロジェクト体験記
ボランティア 島田 智子
ピースあいち・バイリンガルプロジェクトの話を聞いたとき、常設展示の膨大な量の日本語を英訳するなんて、時間的にも能力的にも到底私には無理と尻込みました。でも、まずはAI翻訳にかけ、その後、間違いや不適切な箇所をチェック・修正するのだと聞き、それならばとお引き受けしました。
人生で初めてAI翻訳による英文に触れ、まずはその優秀さに感動しました。「早くて正確!! これまで辞書と首っ引きで英文を書いてきた私の人生ってなんだったの」と、衝撃でした。しかしその一方で、「優秀なAIもこんな間違いをするんだ」と、驚き面白く感じたところが多々あり、大変でしたが楽しい作業でもありました。
12月9日に行った 第1回交流会 「TALK & TALK―ピースあいちの国際化って?」で話をする筆者(中央)
AI翻訳の間違いの多くは、英語と日本語の特徴に起因するものです。英語は、Low Context(低文脈)の言語、日本語は、High Context (高文脈)の言語と言われます。英語では、文脈に頼らず伝えたいことは全て言語化する傾向があるのに対し、日本語では文脈から察して分かることは省略する傾向があります。主語や所有格の省略はその良い例です。
例えば、「ラグビーワールドカップの決勝戦観た?」「観た、観た!すごかったね。」の会話では、主語を明示しなくても意味が通じますが、英語で書く際は「あなたは~観たか?」「私は、観た」と主語を書かねばなりません。もう一つ、「私は弟と東京に行きました」は自然な日本語ですが、英語で書く際は、「私は私の弟と東京に行きました」と書かねばなりません。
主語や所有格のない日本文に接し、AIは「ムムッ」と戸惑い(?)考え(?)おぎなったにちがいありません。正しくおぎなえた箇所もあれば、前後に何の手掛かりもない文では頻繁に間違えています。主語なし、所有格なしの日本文が次々と現れ、固まっている(?)AIを想像すると、おかしくなりました。
常設展示すべてのテキストを英訳しました。
また、文脈から意味を捉えず、逐語訳(直訳)をしたため不適切な表現になっている箇所も多く見受けました。
一例を挙げると、半田空襲体験者の証言に「伊藤春一くんは腹をえぐられて駄目でした」という一文があります。文脈を考えればこの場合の「駄目」は「亡くなった」の意味ですが、AI翻訳では「駄目」に 'useless' という語を当てています。'useless' は「役に立たない、使い物にならない」という意味で、この文脈で用いるのは不適切です。'died' と修正しましたが、一つの言語を別の言語に訳すことの面白さと難しさを実感しました。
バイリンガルプロジェクトに関わってもう一つ考えさせられたのは、「伝えていくことの意義」です。先の戦争から78年が経ち、体験者の生の声を聞くことが物理的に難しくなっています。パネルの中には、胸が詰まる「証言」が数多くありました。戦争の直接体験者ではありませんが、私たちが代わってこういった声を伝えていかなければと思います。
今、ウクライナで、ガザで、世界のあちこちで、大勢の人が戦禍に苦しみ、死と隣り合わせの生活を余儀なくされています。戦争の悲惨さや恐ろしさを伝えていくことと併せて、「戦争止めよ」のメッセージを発信していくことが求められています。
翻訳家の池田香代子さんのことばです。「ロシアによるウクライナ侵略からわかるのは、戦争を始めてしまえば、ハッピーエンドはないということです。だから戦争を始めないこと。戦争をしないと言っている9条を大切にすること。これしか世界の答えはないと思います。」
新しい戦前にしないよう、戦争の準備ではなく、平和の準備をしたいものです。