夏の特別展「新美南吉の生きた時代」を終えて◆展示用挿絵を描いて
安城市在住 野村 郁夫
今年は新美南吉の生誕110年です。30年に満たない短い生涯でしたが、戦前戦中を生きた一人の人としての視点で書いた多くの作品を残しました。彼の代表作と生涯から戦争の時代の背景を探り、今という時代をもう一度見つめる機会としてこの展覧会が開催されたことに意義を感じました。
作品から受ける南吉は、ずいぶん昔の人のように感じられるのは私だけでしょうか。「張紅倫」「アブジのくに」「正坊とクロ」「ごん狐」「のら犬」など、南吉が学生であった10代に書かれた代表作も多く、また、29歳で亡くなっていることも要因かもしれません。また、江戸時代を感じさせるような舞台設定が多いせいもあるのでしょうか。
しかし、豊田英二(トヨタ自動車元社長)、金田一春彦(国語学者)、丹下健三(建築家)、森繁久彌(俳優)、篠田桃紅(美術科)という著名な方々は、南吉の同級生です。また、太陽の塔を作った岡本太郎(芸術家)は、2歳年上の同世代でもあります。彼が長命であったなら、動画やニュース映像、テレビ映像にも残っていた人物だったかもしれません。
そう考えると、南吉が残してくれた私たちへのメッセージ(作品)は、決して過去の遺産や古典ではなく、動きの激しい社会情勢の中で、どこにでもいる一人の青年としての目線を感じられる貴重なものであると挿絵制作を通して感じました。そんな思いが上手く皆様に感じていただけたのであれば、幸いです。
今回20点の挿絵やイラストを描きました。その中で最後に仕上げたのは「ごんごろ鐘」です。村民の大切にしてきた鐘が献納(供出)されていくときの出来事の場面です。村でのお別れ会に参加できなかったお年寄り(鐘の作者)を少年たちは鐘が集められた町まで連れていくお話です。
少年たちは無邪気に騒ぎながら乳母車を押していきます。一見温かく平和な日常の上に、鐘から生まれ変わった爆弾が落ちてきます。自分たちの大切にしてきた穏やかな日々を願う物がやがて自分たちの命を奪う物へと変わっていってしまう戦争の惨さや無意味さを伝えられればと思いました。
棟方志功(板画家)は、「おじいさんのランプ」など南吉の本の挿絵を描いています。10歳年上の志功は、当時国内の展覧会で大きな賞を得るなど新進気鋭の作家のひとりでした。その彼が、南吉の本の挿絵を引き受けたことは、南吉の才能を感じていたのかもしれません。老人を連れて歩く中に志功と南吉を配し、忍び寄る戦争の陰に中にあって、穏やかで平和に過ごす日々がいかに危うくもろいものかを2人の作品から受け取ってもらう機会になったらよいと思います。
今回の「新美南吉の生きた時代」展で挿絵を描かせていただけたことに、改めて感謝しています。戦争と平和の2極の間を右往左往する現代の社会情勢の中、戦争と平和について考える機会を与えてくれるこの資料館との出会いを今後も大切にしていきたいと思います。