6月のお雛様 ―沖縄県南城市立百名小学校6年生の取り組みー
ピースあいち語り継ぎ手の会(リボン)代表  中村 桂子





 「元日本兵の父・日比野勝廣の沖縄戦」を語り継いでいます。
 昨年6月に沖縄県の南城市にある百名小学校を訪れたとき、お雛様が飾られていました。
 「校長先生!どうして6月にお雛様を飾るのですか」と、子どもたちが不思議そうな表情で6月のお雛様を見つめていました。もともと沖縄には、お雛様を飾るという風習はありません。その沖縄で、6月にお雛様が飾られていました。

 このお雛様は、1980年に雛人形職人だった私の父・元日本兵日比野勝廣が、自分の命を救って守ってくれた沖縄県南城市玉城の人たちや糸数アブチラガマへ感謝の気持ちを込めて送ったものです。
 仲村保先生は「子どもたちが健やかに育つようにと願って送っていただいたお雛様ですよ」 「日比野さんから送られたこのお雛様は『慰霊のお雛様』です」 と子どもたちに語り掛けました。そして、私は百名小学校の子どもたちに「元日本兵日比野勝廣の沖縄戦」を語りました。


南城市市立百名小学校に飾られた 6月のお雛様
 
日比野勝廣の手記を手にして語る筆者
(2022年6月 百名小学校で)

 2023年1月29日、百名小学校6年生は1年間の平和学習から日比野勝廣の沖縄戦での体験を劇と群読で発表しました。私も子どもたちの劇を鑑賞しましたが、まるで日比野勝廣がそこ=舞台にいるように思え、子どもたちの演技に涙が出る想いでした。群読は劇のフィナーレで披露され、平和の鐘の歌と共に会場に響き渡りました。

百名小学校6年生群読
私たちは/1年間の平和学習を通して/78年前に/この沖縄で/何があったのかを  学んできた
アブチラガマ見学/目を閉じてみても 開けてみても/同じ暗さ/ただただ 水の音が響く/想像してみる/この岩や泥の上に/横たわった自分を/痛みに耐えながら/空腹に耐えながら/全ての自由を奪われた/現実に耐えながら/この暗闇に 身を置いていた/人々の気持ちは/どんなものだったかを/そんなアブチラガマで/日比野勝廣さんは生き抜いた/戦後も苦しみ続けた日比野さんが/今の世の中を見たらどう思うのだろう/ロシアとウクライナ/台湾をめぐる大国のおもわく/また同じあやまちを繰り返している/戦争は勝っても負けても悲惨だ/戦争が始まったら逃げなさい/日比野さんは訴え続けた/
おーい/武力ではなく話し合いで/解決できることはないか
おーい/戦争の辛さや悲惨さを忘れていないか
おーい/命をもっと大切にしてくれないか
日比野さんはきっと/天国から私たちに語りかけている
今/つないでくれた命に/感謝することができる/平和で豊かな生活に/感謝することができる
今/友と笑い合い/学び合えることに/感謝することができる
これからの平和をつくるのは/私たちだ/この沖縄で/この日本で/この地球で/二度とあのような過ちを/繰り返さない/繰り返させないように/当たり前の日々に感謝し/自分や周りの人を大切にしたい
日比野さんが/人生を通して教えてくれた/平和の大切さを忘れない/そして唯一地上戦のあった/沖縄の/うちなーんちゅの一人として/平和を発信していきたい




日比野さんの背中 ~投げかけられた私たちへの問い~   百名小学校長 仲村 保

 6年生は、劇の終わりの群読で
「おーい、武力ではなく話し合いで解決できることはないか。/おーい、戦争の辛さや悲惨さを忘れていないか。/おーい、命をもっと大切にしてくれないか。」
と、語りかけました。
 その言葉は、天国から今の世界を見ている日比野さんの言葉でもあるのです。この言葉は日比野さんがアブチラガマで亡き戦友に語りかけた 「今度、産まれてくる時には、戦争のない平和な時に、産まれてくるように 母親に頼もうな こうこうとした太陽の下で住もうじゃないか」
の言葉とつながっています。
 人生を通して「平和」の大切さを説いてきた日比野さん。自分だけが生き残ったことへの罪悪感のようなものがあったと言います。
「おーい、一緒に死ぬのだと思っていたのに 不幸にも、僕だけが生きて帰って悪かったな」 の思いが、著書『今なお、屍とともに生きる』の表題に表れています。写真に写る日比野さんの後ろ姿のその背中には、「僕だけが生きて帰って悪かった」の重い十字架を背負っているのです。
 今、ウクライナを巡る戦争は、日比野さんの平和への願い、一生をかけて語ってきた平和の大切さを踏みにじっています。日比野さんの背中に、私は、「絶望」を感じとってしまうのです。ただでさえ重い十字架を背負っているのに、その背中の上に「絶望」を背負わせてはいけません。日比野さんの背中は、私たちが、とんとんと手をたたいて、「大丈夫ですよ。今を生きる私たちが平和を守りますよ。」と声をかけ安心させる背中でなければいけないのです。
 6年生が、群読で語る「おーい、武力ではなく話し合いで解決できることはないか」の言葉は、私たちに投げかけられた問いなのです。私は、6年生が自分たちで考えたその言葉を、自分自身に問いかけ、戦争のない平和な社会を作るにはどうすればいいのかを考え、実践できる人間に育ってほしいと思います。
 6年生の問いかけは、彼らの人生の宿題であり、今を生きる全ての人の問題でもあります。この1年、6年生は日比野勝廣さんの人生を通して教科学習では学べない大切なものを感じとったと思います。私は、総合的学習の在り方をこの年齢になって6年生から学びました。指導してくれたM先生。「本当にありがとうございました。」
 本校にある「慰霊のひな人形」。この学びを今後も継続できれば嬉しいです。また、それが、日比野さんへの恩返しにもなると思います。     (令和5年1月31日 一部抜粋)


 百名小学校長 仲村 保先生は「日比野さんの背中~投げかけられた私たちへの問い~」の中で、「6年生が群読で語る『おーい、武力ではなく話し合いで解決できないか』の言葉は、私たちに投げかけられた問いなのです。6年生が自分たちで考えたその言葉を自分自身に問いかけ、戦争のない平和な社会をつくるにはどうすればいいのかを考え実践できる人間に育ってほしい」と述べられています。
 まさに仲村先生のおっしゃる通りで、私も大いに共感しています。6月のお雛様と子どもたちの響きは、沖縄からの平和へのメッセージです。