「歴史総合」と空襲記録運動の連携◆第38回戦災・空襲記録づくり東海交流会で報告
戦時下の小田原地方を記録する会 矢野 慎一
2022年12月11日、ピースあいちで「第38回戦災・空襲記録づくり東海交流会」が開かれ、私は『「歴史総合」で空襲を学ぶ』と題する報告をおこないました。ここでは、その概要を紹介したいと思います。
「歴史総合」は、2018年に文部科学省が告示した「高等学校学習指導要領」ではじめて設けられた新しい歴史科目で、2022年4月から全国の高等学校で授業が始まっています。「歴史総合」は、これまでの歴史教育が「暗記重視」や「詰め込み式」であり、歴史嫌いの子どもを増やしているという反省から生まれた科目です。そのため現場から、大きな期待をもって迎えられています。
報告する矢野さん
さて、「歴史総合」の理念は次のように整理されています。
① 日本と世界の近現代史(18世紀以降)を「総合」して学ぶ科目。
② さまざまな資料に基づいて、自ら「問い」を立てて考える科目。
③ 現代のできごとを、長い射程と広い視野でとらえる科目。
④ 歴史を、「世界・日本・地域」という重層構造でとらえ、中でも世界(グローバル)と地域(ローカル)のつながりを重視して考える科目。
この中で私が重視するのが、②と④の「資料」と「地域」です。「歴史総合」の授業では、従来の講義型の授業(通史学習)と、生徒が自分で調べる学習(主題学習)とを組み合わせたものになります。特に主題学習では、「世界」と「地域」を結びつける「資料」を使用して学ぶことが大切です。なお、ここで「資料」とは、写真・文字資料(公文書、日記、手紙、新聞記事)・地図・グラフなどをさし、また主題学習とは、生徒が主題を設定し、その主題について自ら調べ、まとめ、発表する学習の方法です。
例えば「歴史総合」で第二次世界大戦を学ぶとき、教科書には、「B29」・「東京大空襲」・「艦載機」・「艦砲射撃」・「原子爆弾」といった歴史用語が記されています。これらを主題学習で学ぶには、「地域」とつながりをもつ「資料」が必要になります。これまで空襲記録運動は、それぞれの「地域」の「空襲」を調査・研究し、さまざまな「資料」を収集してきましたが、そうした「資料」こそが、「世界」と「地域」を結びつける「資料」になり得るのです。空襲記録運動が、「空襲」の主題学習に提供できる「資料」には、次のようなものがあります。
◇『空襲・戦災誌』に収録された空襲体験記。
◇空襲で焼き払われた市街地の写真。
◇アメリカ軍が空襲のために準備した地図や航空写真。
◇今も残る爆弾孔や機銃掃射の弾痕、空襲被災樹木。(戦争遺跡)
講義型の授業で「空襲」を先生から教えてもらうのではなく、主題学習で生徒が上のような「資料」をもとに自ら学ぶことで、より深く学ぶことができます。
今回の報告では、私がフィールドとしている神奈川の「資料」を、具体例として紹介しました。
◆アメリカ軍が横浜の空襲に先立って作成した「爆撃中心点」を記入した地図。
この図は、航空写真をもとに作られたリトモザイクとよばれる地図で、5つの「爆撃中心点」が横浜の人口密集地に設定されていることがわかります。
◆1945年8月5日に、アメリカ陸軍が作成した英文の「作戦任務報告書」。
硫黄島から来襲したP51戦闘機が、何を目標としていたかが読みとれます。
◆JR東海道線二宮駅前にある「ガラスのうさぎ」像。
P51戦闘機が、列車や駅を目標として攻撃したことがわかります。
◆1945年8月13日に、アメリカ海軍の艦載機が落とした爆弾の爆弾孔。
後北条氏の小田原城土塁(国史跡)にあり、現在もそのままの姿で残っています。
このような「資料」を学校に提供できるのは、空襲記録運動の他にはありません。ここであげたのはほんの一例で、主題を「戦争」全体に広げれば、もっとたくさんの「資料」があります。学校とパイプがつながっていれば、授業で「資料」を活用してくれるようになるはずです。受け身ではなく、もっともっと学校に空襲記録運動を売り込みましょう。