非文字史料の重要性◆第10回寄贈品展を参観して
愛知学院大学准教授 広中 一成
12月6日、ピースあいちで第10回寄贈品展「つなげていこう平和への願い」が開幕した。私は初日に行われたオープニングイベントに参加し、そのあと三階の会場全体に展示された計367点にのぼる寄贈品をじっくりと参観して回った。
展示の解説をする広中さん(奥)
歴史をたどるうえで必要となる史料は、大きく分けて、紙に文字が記してある文字史料と、写真やポスター、当時の人が使用した品物、戦争体験者のインタビュー音声など、文字以外で表された非文字史料がある。通常、歴史研究では前者をおもに用い、後者は補完的に扱われることが多い。
しかし、非文字史料には、写真にうつった人物の表情や、戦争体験を語るときのことばの強さや息づかいなど、文字史料だけではわからない歴史の一面がかいまみえる。非文字史料もきわめて重要なのだ。
ピースあいちは、「戦争と平和の資料館」という名ももち、開館から10年で3000点以上の史料を収集した。それらの多くが、今回展示されたような市民からの貴重な寄贈品なのである。
敗戦から今年で77年目となった。戦争体験者は高齢化し、戦争の記憶の継承が年々難しくなっている。これは、史料の収集および保存という点でも同じだ。
文字史料のうち、公的機関が作成したものは、たいていの場合、現在でもしかるべき史料館に収蔵され、正式な手続きをへて閲覧することができる。私的な文書、たとえば当時つづられた日記やメモなども、史料館に寄託されていれば、将来にわたって保管されていくだろう。
問題は、文字史料よりも人々の身近にある非文字史料の保存だ。その日の生活を精一杯生きている者にとって、身の回りにある写真や生活用品がのちに史料として扱われると想像できるだろうか。それら品々は役目を終えるか、または所有者の欲求を満たした時点で廃棄される。それをかいくぐって将来まで遺っているものが非文字史料となるのだ。
だが、誰もが非文字史料が重要であるとは思っていない。所有者の死去や、家屋の建て替えなど、非文字史料をとりまく環境が変化することで、それらは数十年遺されたものであっても、廃棄物として簡単に捨てられてしまう。運よく投棄を免れたとしても、それらは骨董的価値を見いだした人々によって、店頭やオークションなどで売買される。
よくある事例としては、ある日本軍将兵の遺したアルバムが所有者の死去によって市中に流れ、そのなかに貼りつけられていた写真がすべて剥されて、一枚ずつ高額でオークションに出品される、というものだ。
アルバムは収められている写真の順番や、写真同士の関連性、写真裏面やアルバムの欄外に書かれている説明書きを一連のものとして、はじめて非文字史料として意味をもつことができる。剥された写真も古物としての価値はあるが、史料としての価値を見いだすには、関連史料を一から集めて欠落した意味を復元していかなければならない。これは途方もない作業だ。
これを防ぐにはどうすべきか。もっとも適切な方法は、史料の所有者が、その価値を理解した史料館に協力をあおぐことだろう。この点において、ピースあいちはその役割の一端を担う。さらに、寄贈品展は、アジア太平洋戦争にまつわるそれら史料を市民に公開し、平和の尊さを訴えるという意味で、きわめて重要な取り組みなのである。
寄贈品展にかける彼らの準備はすさまじい。一市民のボランティアが時間の許す限り、史料ひとつひとつの来歴を調べ、その価値を明らかにし、それを説明文にまとめて寄贈品に添えて掲示する。これら作業は、本来歴史研究者が取り組むものである。彼らには頭の下がる思いである。彼らの情熱はどこから来ているのか。それは、二度と戦争の起きない平和な世界をつくるという決意だ。そして、この寄贈品展は、その彼らの願いが表現されたものである。