ボランティア雑感◆ピースあいちと出会って
ボランティア 土井 亜由美
戦争について思うとき、祖母への思いを切り離すことができません。
私は、名古屋市東区で生まれ育ちました。一緒に暮らしていた祖母はこの東区で戦争時代を乗り越えてきた、強くてとても厳しい人でした。無駄遣いや物を粗末にすると強く叱られ、事あるごとに「戦争のときはね」と話し始める祖母をうとましく感じていた反抗期もありました。
その頃の私は「戦争なんて過去の出来事、関係ないわ」と思っていたのです。
10年ほど前、夫の海外赴任に同行し、スリランカで暮らしていたことがあります。スリランカはインドの南にある小さな島国です。当時は26年間続いた内戦が終結して数年が過ぎたころでした。
シンハラ人が率いる政府軍と少数派タミル人の反政府武装組織(LTTE)との民族紛争は、政府軍によるタミル人の大量虐殺で終結を迎えました。
北部の激戦地であったムライティブという町を訪れたことがあります。この町は追い詰められたLTTEが民間人を「人間の盾」として利用し、多くの犠牲者が出た町です。この町に住む女性は夫が終戦間際に亡くなってしまったことを話してくれました。女性と子どもたちばかり親族で肩を寄せ合って暮らしている様子でした。
女性の目からは涙があふれ、その姿が祖母と重なり胸が苦しくなりました。夫を亡くした女性たちのなかには、生活のために、まだ土中に埋まっている地雷を取り除く危険な仕事をしている人たちもいると聞きました。
私の祖父は戦死しました。祖母は、一人で5人の子どもを育てるため必死に生きてきたのだと言っていました。スリランカで戦争の悲惨さを目の当たりにして、祖母の話の大切さがようやくわかったのです。もっとたくさん話を聞いておけばよかったと後悔しても、もう祖母はこの世にはいません。
「戦争についてもっと知りたい」と思った時、出会ったのがピースあいちです。愚かだった昔の自分を反省し、ピースあいちで学びながら、これからも活動を続けていきたいと思います。