100年後の世界は平和ですか?◆クレインピースキャンプ
ピースあいち語り継ぎ手の会  原田 貴之



                                           
 

 これは、8月4日から6日に広島で行われた第1回クレインピースキャンプのキャッチフレーズ。教員だった私が独立する時、「英語教育を通して私は何をすべきか」を考え、出した答えが「世界平和に貢献する人材育成」であり、その理念を具現化したものがピースキャンプだった。
 構想当初は、「原爆の恐怖を感じるだけではなく、最後に心が温かくなる内容にしたい」というぼんやりとしたものだった。

 

 私が経験した平和学習は、恐怖そのものだった。
 広島では8月6日は全校登校日。暑い体育館に閉じ込められ、戦争映画を見させられる。小学1年生の時の「はだしのゲン」は恐怖のあまり、家族のいない家の鍵を開けて中に入ることさえできなかった。2年生は「お母さんの木」、3年生は「対馬丸」…遠い空から聞こえる飛行機の音を聞いては、空襲かもしれないと怯え、夜布団の中で目を閉じると、「明日、徴兵の赤紙が届いたらどうしよう」と不安に苛まれた。
 これは、本当に平和教育だろうか?平和をテーマにした時、子どもたちが描く絵は、溢れる笑顔ではないだろうか。だから私はピースキャンプを、従来とは異なる新しい形の平和学習にしたいと思ってきた。

展覧会場の様子1

原爆ドームを背景に

 

 その答えを求めて昨年訪れた広島には、未来志向の平和活動をする人たちがいた。その中で、今回一緒にピースキャンプを創ってくれたのが、Peace Culture Village (PCV)。3日間の初日の舞台は平和記念公園。平和記念資料館を見学した後、平和公園を歩くプログラム。ヒロシマ在住の大学生が被爆前の広島の写真を見せながら、ここに普通の日常が存在していたことを参加者と一緒に考えるピースパークツアー。その後は、参加者が自分の大切な価値観を共有し、平和のアクションをみんなで考え発表するピースダイアログ。

 2日目は自然と人間の平和を考える“Be a Planet”。山間部の湯来町で体験したシャワークライミング。この日は急な大雨でプログラムを中断することになったが、自然の大きさと恐ろしさを肌で感じる貴重な経験だった。午後は、サゴタニ牧場でチーズ作り体験。完全放牧を目指す久保さんから、私たちが他の生き物の命を貰い、日々生きていることを教えてもらい、命の大事さを再認識した。

展覧会場の様子1

 最終日8月6日は77回目の記念式典が行われる平和記念公園で、テレビには映らないヒロシマを感じた。そしてキャンプのまとめとして、参加者全員が平和のために大事にしたいことばを綴った。

 

 私にとって恐怖でしかなかった原爆の歴史。私はいま平和を次世代につなぐ活動をしている。キャンプに参加した20人の多感な若者はヒロシマで何を感じただろう。彼らが大人になった時、ピースメーカーとして、また次の世代にこの想いをつないでくれるだろうか。もしそのバトンが引き継がれていけば、100年後の未来はきっと平和であるに違いない。