戦争の文化に抗う◆ピースあいち開館15周年に寄せて
NPO平和のための戦争メモリアルセンター理事 西形 久司
まずはクイズから。
高等学校の国内修学旅行で、最も人気の高かった行き先を、都道府県別で3つあげてください。
正解は、1位長崎・2位沖縄・3位広島です(2020年度、日本修学旅行協会調べ)。言うまでもなくいずれも戦争を抜きにしては、歴史を語れない地域です。私たちの国では、修学旅行を通じて子どもたちに、戦争について学び考える機会を提供しているのです。その意味では、戦争の記憶が被害にかたよっているという一面はあるものの、日本は平和教育が定着している、世界でも稀有な国かもしれません。
他方、作家で精神科医の加賀乙彦は、米国の博物館で、原爆炸裂の瞬間の映像を見て、見学に来ていた子どもたちが引率教員ともども「ブラボー!」と叫ぶ光景に遭遇したことがあると書いていました。同じ映像を使って、まったく正反対のことを教えることができるのです。
こんな事例はどうでしょう。
米国では、子どもたちによる学校での発砲事件があとを絶ちません。1997年、ケンタッキー州パデューカの高校で起きた銃の乱射事件を、デーヴ・グロスマンが自分の講義で取り上げました。グロスマンは、米国のエリート軍人を養成するウェスト・ポイント士官学校などで長らく教官を務めており、日本でも『戦争における人殺しの心理学』(ちくま学芸文庫)で知られています。
グロスマンの講義は、特殊部隊グリーンベレーやSWAT(警察の特殊部隊)などの隊員向けのものでしたが、受講者の反応は「とてもそんなマネはできない」というものでした。突然銃を取り出した少年は、相手の眉間を狙って一発ずつ、間を置かないで次々に撃ちました。眉間を狙うということは、相手の怯える目を見ながら撃つということですから、「殺し」のプロを自認する受講者たちもさすがに躊躇すると言います。
グロスマンは、短時間のうちに最大の人数を倒すというところに「ゲーム感覚」を読み取っています。ディスプレイ上に次々に現れる敵を一撃で倒してスコアを上げる。これがゲームのコツです。その少年は恋人の眉間を一撃で撃ち抜きました。ゲームが始まれば、ディスプレイ上の敵はいちいち区別していられないのです。「殺し」のプロを養成する軍の学校の教官ですら(教官だからこそ)、子どもたちにとってのビデオゲームの危険性に警鐘を鳴らしています。
曰く「暴力的なゲームのメーカーは、子どもたちにとって危険であることを百も承知で売っており、その点で麻薬密売人よりも悪質である」と(‘Assassination Generation’;Little, Brown and Company, 2016,邦訳未刊)。
次はコミックです。日本のコミックは、ヨーロッパのあちこちでふつうに売られています。ハンガリーの片田舎の書店で『ドラゴン・ボール』を見つけたときは、ちょっとオドロキでした。ハンガリーの子どもたちはハンガリー語で日本のコミックを読んでいるのですね。ベルリンのキオスクでは『美少女戦士セーラームーン』に出会いました。
そこで発見がひとつ。日本語の原作では、美少女が「死ね!」と叫んでトドメを刺しますが、ドイツ語版では「シュラーフ・グート(ねんねしな)」に置き換えられていました。死ぬと寝るとではエラい違いです。子どもに過剰な刺激を与えることに、日本の私たちは余りに無神経なのかもしれません。日本にいると気がつきませんが。
さて。とりとめのない話を書き連ねました。ここでクイズ第2問。私は何を言おうとしているのでしょう?
そう、「戦争の文化」がテーマでした。子どものころからどのような文化に慣れ親しむのか。戦争はある日突然天から降ってくるのではなく、私たちの足もとからじわじわと浸していくものだと思うのです。
もうひとつ、「戦争の文化」のわかりやすい事例を付け加えましょう。
イタリアの作家パヴェーゼは、1935年に反ファシズムの罪で逮捕され、翌年までイタリア南端の寒村に流されていました。パヴェーゼというと、都会で働く孤独な女性たちの青春の物語『美しい夏』で、日本でもよく知られています。その草稿が成った後、パヴェーゼはローマの出版社に宛てた書簡のなかで『美しい夏』に言及し、「時代に合わない」と述べています。ファシズムの時代に合わないから、出版は難しいのではないかという意味です。事実、『美しい夏』が出版されたのは戦後のことでした。
『美しい夏』がファシズムの時代に「合わない」理由は何か? それは、イタリア語の2人称「あなた」にVoiではなくLeiを用いたからだと言われています。VoiもLeiも「あなた」ですが、ムッソリーニの政府は、Leiの使用を禁止し、Voiを強制していたのでした。イタリア語のleiは、もともと「彼女」の意味ですが、Leiと表記して「あなた」の意味で使うようになりました。
一方、Voiの方は古代ローマ以来の用法です。『美しい夏』の訳者河島英昭によれば、「ファシズムは脆弱で女々しいLeiを嫌い、古代ローマにつながる雄渾で意気軒高なVoiを好んだ」とのことです(岩波文庫版「解説」「あとがき」)。些細なことのようにみえますが、「戦争の文化」はこんなところにまで押し寄せてきていたのです。「戦争の文化」はそのように、日常のレベルから浸透していくものなのですね。
第一次世界大戦に軍医として従軍した作家カロッサは『ルーマニア日記』のなかで、次のようなシーンを回想しています。
前線で将校からすすめられて何気なく双眼鏡を覗いてみたところ、偶然敵のルーマニア兵の一団を見つけてしまいました。それでもカロッサは何ごともなかったように、何も言わずに双眼鏡を返しました。
『ルーマニア日記』のなかでも、私の好きなくだりです。軍医ですから武器は持たないのかもしれませんが、無用な殺生に加担しないのはひとつの見識であり、さらには勇気だと思うのです。「戦争の文化」への静かな抵抗といえるでしょう。
このようにみてくると、15年目を迎えたピースあいちの位置づけも明確でしょう。「戦争の文化」に抗い、「平和の文化」を育み発信する拠点として、ピースあいちの果たす役割への期待はますます高まっているように思います。