◆語り継ぎの一歩を踏み出す◆同世代の学生の前で
ピースあいち語り継ぎ手の会(リボン)   岡田 彩花

                                           
 

 昨年8月にピースあいち語り継ぎ手ボランティアに応募し、10月から毎月の研修を受けてきました。約1年間の研修を終え、この度10月21日に名古屋市立大学の平和論の講義に登壇という形で初の語り継ぎ活動をさせて頂きました。研修もコロナ禍でほぼオンラインで行われ、この社会状況の中で実際に活動をしていけるかも不安でしたが、こうして無事に最初の一歩を踏み出すことができて嬉しいです。
 物事を始める前は、自分には無理なのではないかとか、やって意味のあることなのだろうかと不安になってしまいがちです。
 私も語り継ぎの定義とはなんなのだろうと悩みましたし、シナリオ制作の過程でもどの立場から伝えたら良いのか分からず苦しみました。でもとりあえずやってみると、その後は背中を押してくれる誰かや何かが現れてパワーを与えてくれると感じています。自分にできることから行動してみることの大切さを実感しました。

展覧会場の様子1

名古屋市立大学でお話しする岡田さん

 同世代の学生さんに向けてお話しさせていただくということで、"伝える"というより"一緒に考えよう"というメッセージを伝える思いで臨みました。
 戦争や平和に興味のある方々へはもちろん同世代や下の世代などに向けても語り継ぎ活動を行い、過去の事実を伝えるとともにこれから平和な世界を作っていくために、自分たちにできることを一緒に考えていく仲間の輪を広げていけたらと思っています。
 戦争や平和なんて普通に生活していたら考えることの少ないテーマだと思いますが、皆さん真剣な眼差しで聞いてくださいました。コロナ禍の今だからこそ、当たり前が無くなるという点で共感できる部分があったのかもしれません。講義でもお話しさせていただきましたが、どこの国でもいつの時代にも、約束された当たり前はないのです。

 

 学生さんには事前に作成したアンケートにも協力していただき、ご意見やご感想をいただききました。アンケートを読んで、平和のためにボランティアをできるのはすごいという意識のある人や、無償で活動することに抵抗のある人が多いことが分かりました。
 平和のためのボランティアがすごいと思われるのはどうしてでしょうか。
 理由の一部としては、やはり戦争や平和が身近に無いことや、歴史は難しい、あるいはつまらないことだという概念が染みついてしまっているのかと考えます。また、戦争が起きたら失うものがあるのだから、それを防ぐことができるのなら損を回避できることと捉えられると考えます。
 語り継ぎ活動を通して、社会の認識やモチベーションを少しでも動かせたらと思いました。

 皆さんのコメントを抜粋して紹介させていただきます。

〇平和を意識しないことこそが平和なのかもしれない。でも平和を考えないと同じ過ちを繰り返す、過去を風化させる可能性もあるから、学び伝えていく必要があると思った。
〇平和を考える時間と心の余裕があることが平和だと思う。
〇戦争体験者の話はリアルで感情移入がしやすい。語り継ぎはその点でいえば客観的だが、より戦争の本質まで踏み込んだ内容だと感じた。
〇自分にはそこまで頑張ったことがないから、従軍看護婦の懸命さが新鮮だった。

 全体の感想として、私の話にあった「戦争は人の心から生まれる」ということが心に残ったというコメントが多かったのは良かったです。平和は一人一人の思いで守るもの、お互いの協力や理解によって作れるものだという私なりの価値観が表現できていたのかなと振り返りました。
 私と同じ考えや思いを持っている人もたくさんいらっしゃったので、一人で平和は作れないからこそ、もっとみんなで議論したり話し合ったりできる場があればと思いました。私自身にとっても自分の意識や理解を見直すきっかけになりましたし、いろんな視点の考え方を知り新しい気づきを得ることもできました。
 改めて、講義に呼んでくださった名古屋市立大学人文社会学部教授の平田先生、そして講義の準備をするに当たってご指導をいただいたピースあいち館長の宮原さんに深く感謝しています。  貴重な機会をありがとうございました。今回の経験を活かして語り継ぐことの意味や形をより深く掘り下げていき、今後も身の回りや世界の平和について考え活動していきます。
 一度しかない人生だから、失敗や挫折を恐れず、前向きに、前のめりに、生きていきたいと思います。