熱田空襲を語り継ぐ◆名城大学附属図書館で展示会
ピースあいち会員 名城大学経済学部教授 渋井 康弘
6月5日~6月28日、名城大学附属図書館において「熱田空襲――8分間で奪われた2000人のいのち」と題する企画展示が行われました。3月5日~5月5日にピースあいちで催された同名の企画展での展示パネルを、名城大学がお借りして展示したものです。ピースあいちと名城大学経済学部との連携協定に基づいて実施されたプロジェクトでした。
ピースあいちのパネルに記された解説は、熱田空襲(1945年6月9日)が米軍「エンパイア作戦」初日の空襲であったこと、2トンの巨大爆弾が日本に初めて投下されたことなどを説明するとともに、鋭い社会科学的視点を持っていました。
愛知時計・愛知航空機の工場をターゲットとしたこの空襲では、そこに動員された多くの学徒が命を奪われました。ものづくりに長けた愛知は、その製造技術を兵器づくりに振り向け、民生品の製造工場も次々と軍需工場となっていました。戦前・戦中、「ものづくり愛知」は「兵器づくり愛知」と化し、愛知全体が軍需工場の集積地となっていたのです。
勤労動員により時計製造工場で働いていた多くの学徒が、爆撃の犠牲になったという事実の本質は、こうした歴史的・経済的背景を知ることではじめて理解できます。ピースあいちのパネルはこうした「ものづくり愛知」の歴史を踏まえた、社会科学的視点を持つものでした。そこで我々は、是非このパネルを附属図書館に展示したいと考えたのです。
大学での展示は全面的にピースあいちのパネルに依拠しましたが、そこには新たな工夫も盛り込まれました。ライブラリアンは図書館所蔵の関連文献を片端から引っ張り出し、それらを読破し、解説文を作成しました。関連文献はそれらの解説文と共に展示され、より一層研究を深めようとする学生達への読書案内となりました。空襲当時、お母さまが愛知時計に動員されていたという名城大学副経営本部長の手記も展示され、大学としての独自性も打ち出せたと思います。
熱田空襲を知らない学生たちにとって、この展示は大きな衝撃だったようです。彼等は「自分より年下の子たちがこんなことを経験したなんて、信じられない」、「愛知でこんなことがあったなんて、これまで学校では習わなかった」といった感想を口にしていました。教職員からも、「私の母も愛知時計に動員されていました」とか、「ゼミの学生が愛知時計に就職したので、是非この歴史を知ってもらいたい」といった声が寄せられました。
熱田空襲のあった6月にこの企画展示を実施できたことは、学生たちに空襲を語り継ぐ上で、大きな意味があったと考えています。